動かしておいでだった。
「母様はなぜそんなにチクチクばかりしてるの?」
「坊やには青い水兵服と、嬢には紫のお被布を拵《こしら》えてあげようと思ってさ」
「母様はチクチクが好きなの?」
「そうとも思わないけれどね」
「だって……母様は飽きないの?」
「ああ、そりゃ時時はねえ」
「じゃお休みなさいよ。ねえ母様」
「お休みって? 坊や。ああ休みましょう。いま少し縫って、そしたら遊びましょう」
「だって、母様は、いま少し、いま少しって、一日かかっちまうんだもの、ねえ、母様てば、母様」
あなたは少し考えて
「もう縫わなくってもいいのよ」
「もういいって? この児は」と母様はお笑いなすった。あなたも笑った。
後にあなたは、
「母様とは私の面倒を見て下さって、私を可愛《かあい》がって、そして、いま少し、もう少しって――終日《いちにち》――縫物をして居る人です」
と人人に話してきかせたのでした。そうすると、その人達は、母様が子供達の面倒を見て下さるからには、子供|達《たち》もまた母様の為《ため》にしてあげなければなりません。とあなたに話しました。そして、あなたは実にその言葉の通りにやった。母様のまえに立塞《たちふさが》って、あなたは勇ましく拳《こぶし》を握りしめた。
「私の母様に触っちゃいけません!」
あなたの唇はわななき、眼《め》は怒《いかり》と涙で輝いて居た。けれども、母様はあなたをかばいながら、
「パパさんは、串談《じょうだん》なんですよ」母様はあなたを胸に抱きよせて、
「御覧よ、パパは笑ってらっしゃるよ」と仰言《おっしゃ》った。
パパは
「やアい、こわっぱ、パパは串談でやってるんだよ」
母様は、ほほえみながら、しかもほこりがに、あなたの涙を拭《ぬぐ》っておやりになった。あなたは、あなたの方へ手を差出して居るパパを、いぶかしげに見やった。そして母様に押されながら、おずおずとパパのところへ行った。
パパは仰言った。
「お前はいつでも今のように母様に尽さなければなりません。そしてパパが居ない時には、誰《だれ》でも他処《よそ》の人に、母様がいじめられないようにするんですよ」
母様はあなたの額にキッスして、
「母様を護《まも》る軍人なんだもの」
そしてこれからのちは、あなたが近くに居る時には、母様に心配はなかった。
「ああ、あの荒木《あらき》の奥さん、あれにはまた弱
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