鳥は殺された。殺されて冷《つめた》い血汐《ちしお》のなかに横《よこた》わったことは事実であった。けれども慈悲深い死の翼あるその矢のために、駒鳥は正直な鳥の、常に行くべき処《ところ》へ行った。そしてそこで――ああ嬉《うれ》しい――彼は先へ行って居た自分の最愛の妻と子にそこで逢《あ》ったのでした。
「駒鳥の親子は、今はみんなそこに居るんですよ。この世に住んだうちでは一番しあわせな駒鳥なんだよ」と母様はあなたの涙に濡《ぬ》れた頬にキッスしながら仰言《おっしゃ》った。
 大きく見ひらいたあなたの眼には、もう涙は消えていた。あなたは正直な鳥の行くべき処に居る駒鳥のことを遠く思いやった。駒鳥の眼、駒鳥の紅《あか》い胸は再び輝いて居た。彼は囀《さえず》り、歌い、そして妻子を連れて枝から枝へと飛び移った。小さい話を繕うことも、小さい人の心を繕うことも、小さい靴下を繕うことのように母様は実にお手に入ったものであった。こんな時にはいつも、あなたの靴下からは膝小僧が覗《のぞ》いて居た。日の暮れには、きまって靴下に穴があいて、そこから泥だらけな膝《ひざ》が見えるのでした。
「まあちょっと御覧なさい、たった今洗ってあげたばかりじゃありませんか」といって、母様はあなたがおよる前に、湯殿へ連れておいでになる。あなたは大きな盥《たらい》の縁に腰かけて、脚で水をぼちゃぼちゃいわせながら、母様の横顔を見ていた。
「まあ汚い児《こ》だねえ」と仰言《おっしゃ》って、母様はあなたの生傷のついてる真黒《まっくろ》な膝を洗っておやりになった。そして綺麗《きれい》になったところで、いつでもこう言いなさる。
「まあ、うちの光る児!」
 そしてあなたの靴下は、あなたが朝お家《うち》を飛出す時にはいくら綺麗であっても、夕方またお家へ帰って来る時には、もう見るかげもなく汚れているのでした。そこで例によって、それ糸巻はどこにある? 糸は? 針は? という騒ぎが始まるのです。

 夏の朝、母様は庭の離れでお針箱を側《そば》へ置いて縫物をなさるのが常だった。太陽は網の目のようになって居る木木の緑を透《とお》して金色《こんじき》の光を投げた。鳥も囀《さえず》りに倦《あ》き、風もまどろむおやつの時にも、母様はなおやめずに針を動かしておいでだった。日が暮れてお夕餉《ゆうはん》が済んでもなお母様は、黄色い洋燈《ランプ》の光のしたに針を
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