は口を入れた。
「空のように青い、そう昔はね、この世界に菫が一つも無かったの」
「それからお星様もねえ、母様」
「ええ菫もお星様もこの世界になかったの。そこでねえ坊や、青い空をすこしばかり分けて貰《もら》ってそれを世界中に輝《かがやか》したものがあるの。それが菫の一番はじまりなんだよ」
「それからお星様は?」
「坊やは知ってるじゃありませんか。お星様はね、青い空の小さな穴ですよ。そこから天の光が輝く小さな穴ですよ」
「ほんとう、母様」とあなたは言って母様を見あげる。
 母様の眼《め》は菫のように青く、星の様に輝いて居た。天《そら》の光が輝いて居ったから。
 母様は世界中で一番不思議な人であった。
 母様は嘗《かつ》て悪い事をしたことがなかった。そしていろんな事を知って居た。夜も昼も子供のことを見ておいでなさる神様をも知って居た。また神様はあなたの髪の毛の数さえも知っておいでなさるのみならず、子鳥が死ぬのをも一羽だっても、神様の知って居なさらぬことはないと母様は話してきかせなされた。
「そんならねえ母様、神様は、あの駒鳥《こまどり》の死んだ時をも知っているの?」
「知ってなさるとも」
「それじゃあ、ぼくが指を傷めた時をも、知っているの?」
「ああ、何でも知っていなさいますよ」
「そんなら、ぼくが指を傷めた時には、可愛《かあい》そうと思ったでしょうか、え母様」
「それは可愛そうだと思いなされたともね」
「じゃ、何故《なぜ》神様はぼくの指を傷める様になされたの?」
 暫《しばら》く母様は黙っておいでだった。
「まあ坊やは、それは母様には解《わか》らないわ。神様より外には誰《だれ》も知らない事が沢山あるのです」
 あなたは母様の言葉をあやしみながら、母様の膝《ひざ》のうえに抱かれて居た。
 空のどこかに、雲のうえの輝き渡る大きなお宮の中に、金の冠を戴《いただ》いた神様がいらっしゃることをあなたは知って居た。そしてその下の緑の世界には、小鳥が死んだり、小さな子供が指を傷めて、母様に抱かれて泣いたりするのです。
 神様はすべての事、すべての人を視《み》ていらっしゃった。けれどもそれを助けはなさらなかった。
 あなたは、母様の頸《くび》に両手をまわして母様の胸に噛《かじ》りついた。
「母様! ぼく神様はいや、神様はいや!」
「何故坊やはそんな事いうの? 神様は坊やを可愛がってらっ
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