に咲いてゐた櫻の美しさ岡崎公園の空いちめんに飛んでゐた、たんぽゝのむく毛。どんがんどんがんと壬生寺の狂言の鐘と太鼓の音をききながら歩いた菜の花道。島原の道中の日、東寺の縁日に見たのぞき眼鏡のエロチツクな感覺。いづれも春の感傷でないものはない。
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    MEMOより

 街に住む人々に、時候のかはりめをいちはやく知らせるものは街樹である。私の部屋の窓から見える鈴掛の葉は、毎朝毎に秋が過ぎて冬の早く來たことを知らせる。慌しい生活のひまにこの年も過ぎてゆく。今日も鈴掛の木は道ゆく人に黄色な葉を投げてゐる。
 私が子供の頃には海老茶色が流行つた。シヨールなど今のやうではなくロシヤの女がしてゐるやうな大きなのであつた。髮もこの頃のやうな形のわるい束髮でなくずつと前髮をつめた、根の下つた品の好い形をしてゐた。半襟は江戸紫のビロードなど多かつたやうにおもふ。圖按のまづい半襟より無地の方がどんなに好いかわからない。
 成裝した少女よりは、さつぱりした常着の少女の方が氣持が好いのは、心の上にも姿の上にも調子がとれてゐるからであらう。たいへん立派な着物をきて反つて品の下つた卑しい感じのする少
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