思ふ。年と共に認識が深くなつてゆくやうだ。これはどうも日本人特有のものらしい。
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野茨やこの道ゆかばふるさとか
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少年時代には何げなく見過ごしたことであるが、村から村、村から街をつなぐ街道の美しさ、あの曲り、あの高低、そしてあの無限感それから遠い村にさいたこぶしの花の明るさは、白壁の白よりも白い、あんなに朗らかな春の傳令使もあるまい。
武藏野には野茨がまことに少いその代り、このあたりでゑごとよんでゐる、ちさの木はいたるところに見られる。くぬぎ林の中に、畑の畦道の傍に、冬の素直な枝ぶりを見せて立ち、五月はじめには三角な葉と共にまことに可憐な白い匂ひの花をつける。五月の雨に花が散りしいて、深い影を野の小徑につくつてゐる風情は、もし自然木の牧場の柵の傍にでもあればもしそれロシア更紗のガウンでもきて手籠をもつた若い細君でも過ぎてゆくとしたら、そのまゝ可憐な風景畫が得られる。總じて東京の近郊は土壤が黒くて道がぬかるみで惡いが、春先き三月のはじめころになると、さすがに土の底からもりあげる春のけはひを靴の底に感じることが出來る、丘をくだる時、すこし滑
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