、綱渡りの冒險の快感を、すこしづゝ味ひながら神田橋の方へ歩いた。
いつか藤村氏が「並木」という小説を書いたシーンはこの邊だつたな。あの小説の中だつたかな、何でも年老つて世にはぐれた男と、世に頼りない若い女とが、裏街裏街とさまよひ歩いて、人中へ出れば出るほど寂しくなつて、寄り所のない魂が二つ人目をさけて手をとり合つたことが書いてあつた。
無宿の神樣は、そんな事はどうでも好かつた。折しも後からすばらしいヘビーで駈けて來た電車がいま/\しかつたので、それへ飛び乘つた。「本郷肴町行」まゝよ、肴町なら恰度好い、高林寺へいつておしのの墓へでも詣つてやらうかな。
「やあ、また一所になりましたね」
さつき帝劇の前で別れたS君が乘つてゐる。變にはぐれた心持でS君はしばらく默つてゐたが、
「先頃の旅はどちらでした」ときく。「はゝあ、莊内の方は好いさうですね、女が美しくて」
氣まぐれにおそろしく雄辯になつて自分はしやべつてゐた[#「ゐた」は底本では「ぬた」]。
「莊内は、江戸の文化に影響されずに、浪華・長崎・金谷の港を經て日本海を船で、天平や切支丹がまつすぐに來たんですね。昔から傳つてゐる調度は無論だ
前へ
次へ
全94ページ中56ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
竹久 夢二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング