だ」
 と自分が彼に肩を並べるとY君が聞いた。何處に住んでゐるんだと彼は聞いたに違ひないのだが、説明がちよつと面倒だから、
「何處にでも」
「ぢや神樣のやうなものだね」
 皆は一齊に笑つた。自分も笑つたが、
「今夜は何處へ泊るんだね」
 さつきの戲談のつゞきで、
「信ずる者の所へ」
 そうは答へたが、何故か笑へなかつた――皆も笑はなかつた。
 帝劇の前へ來ると、皆に別れて、濠端を神田橋の方へ歩いた。月があつたのか知ら、二重橋が程好いおぼろの中に明るく見えた。田舍の小學校で善良な生徒であつた頃、讀本の挿繪で見た二重橋の歴史的壯厳の感じを受けた外、今夜のやうに重い美しい均勢を持つた二重橋を見たことはなかつた。明治神宮のどこやらを飾るために畫いたという藤島武二氏の繪を、いつか先生の畫室で見たのを思ひ出す。ちよつとドガの競馬場を思出させるやうな風格のもので、意氣な馬と馬車とシルクハツトを着た御者を前景にした二重橋の風景だつた。二重橋でも繪になるものだな、とその時思つた事だが、今夜は全く別な趣きを持つて見えた。
 しかし、無宿の神樣は、ちよつとさう思つたきりで、足をも停めずに暗い濠端の敷石の上を
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