いふことで、家を出るから往復の道すがらどんなことがあらうとも物を言はないで、お詣りするよき人もある。惡戲好きの嫖客は、自分の知つた子が通るのを待ち構へて、何がなものを言はせようとする。髮の簪をそつと抜きとつて
「これあんたのやおまへんか」
などと言つて笑はせる。
 無言詣で、無言狂言、なんといふ詩趣の豐かな畫題であろう。無言で思ひついて、宵やまの歸りに文之助茶屋へよつて、京都の神輿かきは大變靜かだがなんと言つてかくのだと聞いたら、京のは「よいな/\」と言ふのださうな。大阪は「よいしよ/\」東京のは「わつしよ/\」夏の日盛りの炎天の下で赤や黄や草色で彩つた團扇や手拭を持つて殺倒する、東京の夏祭りは、どこまでも野趣と蠻力とを持つてゐる。灼熱と喧騒のためにいやが上にも神經を昂らせたお祭佐七が、群集の喧騷の裡で、音もたてず人を殺す心持を連想する。
 それに引きかへこの祇園祭は、九十八度の炎天の下にいともしづかに雅びやかに行はれるのはさすがである。
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月鉾の稚子のくちびる玉蟲の色こきほどの言の葉もがな
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         ○
「あんたは地體上方の人ぢ
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