」]。昨夜夜を徹して細君の縫つてくれた浴衣が何か身に添はぬつれない心持を感じながら袖を引張つて見た。
「みんな幸福なんだ」
花火船の客はもう萬世のあたりできこしめしたらしく隣りの船の若い女に戲談を投げかけてゐる。
音がするたびに、川にも岸にもまつ黒に埋まつた人間が一樣に顏をあげて空を見る。松二郎も附合のやうに空を見あげた。赤い達磨がふわりふわりと飛んで行く。松二郎は達磨が憎らしかった。
お縫さんは、次の間でいましも浴衣に着換へて、時藏の夏祭の女房のやうに團扇で裾をおさへて、あでやかに、しかし美しさを惜し氣もなく笑ひながら、皆の前にきて坐つた。
お縫さんはなんにも知らないのだ。松二郎が人知れず戀してゐることも、自分のあたらうつくしさも。
「さあ船へ乘る前に一首づつ作つて下さい」
幹事がさう言つて促した。
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廣重のあさぎの空についついと
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のぼる花火をよしと思ひぬ
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田之助に誰やら似たり薄墨の
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山谷をいづる影繪舟かな
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これはお縫さんの歌である。なんという威勢の好い
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