トの出鱈目な米國物を喝采してゐる觀客の氣が知れない。機械的に大がゝりな、氣の若い安價な彼等のイージーゴーイングな生活は、彼等の國民性だから仕方がないとしても、どの役者も、いたるところで見得を切る、ある動作にうつるまへには必ず、きざな身振りでまづ觀客の注意を引く、あれが實にいやだ。可笑しいことにあの世界の田舍物らしいメリケンスタイルを、マツチのすりやう、手の振りやう、肩の搖り方、歩き方、首の振り樣まで眞似て、銀座の歩道や、カフエーや、帝劇の廊下で實習してゐる若紳士を見かける。
最近に來た獨逸表現派の「カリガリ博士」といふ映畫は、實に素晴しい物だつた。出てくる人物は少しも出てくると思はせない。全く彼等の生活の中に生活してゐる。それは實に靜かだ。數秒の間おなじ背景の前におなじ姿勢《ポーズ》をして立つてゐても、觀る者の心は、息苦しいほど働いてゐるのだ。人物が歩いて來るとしても、豆人大の遠方から、等身大に見えるまで、一つ背景の中を來るのだ、背景は少しも變らない。從つて動きもしない。そしてその背景がまた素晴しい印象的な人工的な自然であつて、最も自然らしい自然だ、見ないものにそう言つただけでは解るまいが、背景も繪なら、人物も悉く繪なのだ。どうしてとつたものかその人物も悉く、輪廓の線の太い、描いたやうながつしりした背景にしつくりあてはまつてゐるのだ。これを見ると深山幽谷や風光明媚の地へわざ/\出かけて通俗な背景を作ることよりも、人工的なこの背景の方がどの位|效果的《エフエクチープ》だかわからない、つまり自然そのもの、寫眞よりも描いた背景の方が、ずつと本物らしく、感じが深いと言へる。人物の動作にしても、わかりきつた筋書を、さも尤もらしく、大の男が商賣、とは言ひながら、徒らにせか/\と運んでゐるのは馬鹿々々しい。捕るにきまつた山の中へ哀れな少女が出かけると、ちやんとそこには舞臺でおなじみの、觀客諸君にもかねてお馴染みの惡漢が、突然實に偶然らしく、ちやんときまつて表はれる從來の活動に比べると、表現派の方は、偶然や當然は通り越した必然さを持つて表はれる。尤も登場人物が狂人だから、役所の役人の椅子が馬鹿げて高く作つてあつたり、建築物が往來へ傾いてゐたり、空が三角形の破片で光つたりするが、この狂人の幻想が狂人の幻想でなく、やはり我々の中にある感覺にどこかしらぴつたりと入つて來て、自分も畫中の人物とおなじ幻想を感じるやうになつて來るのだ。就中、カリガリ博士がサーカスの馬車から逃げ出して病院へ歸る路すがらの風景とあの博士の歩き方は、歩くというより立つたま々で坂をずつと上つてゆく、羽化登仙とでも言ふ走り方は、もの慘いほどはつきり今でも眼の前に浮いて來る。參考のためのスケツチをこ々へ入れておかう。
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晩春感傷
聖典に「汝等鼻もて呼吸するものによることをやめよ」とある。なるほどとおもふ。すこしでも複雜な感情をもつた生物ほど、關心の度が深い。小鳥も犬も猫も心遣ひを負擔に感ぜずに飼ふことは出來ない。家族と共にあることさへ心勞に堪へない。家族といつても息子と二人きりだが、つとめてものをいわねばならぬ場合がある。默つてゐることも親子なるがゆゑに苦しいことがある。イエス・ノウだけで用を辨じ、彼女と話すことはまづ稀である。だから女中はゐつかない。息子さへ家にゐることを好まない。
○
たゞこゝに植物ばかりはいくら親しみを加へても心に重みが掛かつて來ない。植物が自分の感覺或は意志を示すには一年の時日を要する。しかしその言葉は明確で非常にデリケエトだ。そして十年後二十年後の長い約束を必ず忘れずに守るのも植物だ。郊外生活五年の間に私はかなり多く植物の感覺について、學ぶことが出來た。もしこの不自然な社會生活から隔離した幸福が興へられるなら、私は植物の如く長生しないとも限らない。
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ゆく春や重き琵琶の抱き心
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これは藝術、それは人生という氣がする。この句集はいつのころ讀んだものか赤鉛筆のアンダーラインが引いてある。
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そのころは、小説をよんでもラブシインの所へくると私かにかくありたいと望んだものだが、絶えて久しくすべて羨望の情が薄らいだ、だが時として小説中の人物とか舞臺の上の人間が煙草に火をつけたりなどすると、つい一ぷくといふ氣になる。このごろ煙草をやめようと志ざしてゐるせゐで、いぢきたなさが一しほなのかもしれない。
○
そのころの學生の習性でたゞ棒讀みに暗誦してゐた修身書の言葉を、何かのふしにふと口にすることがある。そのころは何の實感も批判もなしに朗讀してゐた道義や孝行の教が、今こそはつきり理解出來る。教育がいかに主權者やいはゆる
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