美しさだとおもふ。これは神樂坂と紅屋で見かけたのだが、支那服に耳かくしをした少女を見たとき、これはおもしろいとおもつた。なんのことはない天平時代の風俗だ。あれでもつと大どかな紋樣のついた布をつけたらそつくり天平だ。元來耳かくしが支那あたりから西洋へ近頃いつたのが久しぶりに日本へ逆輸入したものだらう。東洋のものが西洋へいつたのは、パクストあたりの舞臺のデザインが與つて力あつたことと思はれる。近頃少女の洋服に共布《ともぎれ》で、バンド代りに結んで下げるあの紐も、たしかに日本からいつた逆輸入で、あれが新流行だからをかしい。このごろまた日本でも、ちよつとした掛額やクツシヨンや手提袋の模樣に應用せられる、ブラツク・アンド・ホワイトの圖案は、日本の切子細工や、刀のつばなどから暗示を得たものらしい。日本人も外國のものを取り入れるまへに、もつと日本の古いものをいま一度見返して工風する必要がこの邊にありさうだ。
 東京の道のわるさは、雨でも降つたら、どうでせう。ある毛唐がホテルの玄關で「わたしのボートを呼んでくれ」と自動車に言つたといふ洒落もうそではない。まるで淺瀬をわたるやうなものだ。齒の高い下駄をはいたり足袋を二足もつて外出するかはりに、道路の方の修繕を早く完全にする方が早道なのだが。
 讀者諸孃の父兄達にもし東京の市會議員か復興局の役人がおいでだつたら、個人の不當の利益を少し我慢して、早く私達の歩く道をよくすることを提議して見てはどうだらう。
 またまとまりがつかない文章になつたが、このつぎには「街の色彩と圖案」について少し考へてみることを約束してこの筆をおきませう。
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     西京雜信

 A君。
 東京の方から偶々訪ねて來る朋友はきまつて「京都は面白いだらう」と聞く。私はまたきまつてかう答へた。「京都つて言ふところはお金をたんまり持つて旅人として遊びに來るには好い所だが、住むに好い所ぢあないね、やつぱり東京の方がどんな生活でも出來るし、長く住んだせゐか氣樂だよ」京都へ住むやうになつてから、彼是もう半歳になる。桓武天皇以來、長いこと天子樣のお膝下にゐた京都の町人はおそろしく卑屈になつてゐる。おかみの仰有ることには一も二もなく恐れ入つてしまふ。この反面に所謂官僚は電車の車掌も郵便配達も、文展側の畫工すらも、そりかへつて威勢を張つてゐる。
 しかしA君。おもしろいことには、その反動かして若い知識階級《インテリゲンチヤ》のうちには、反官僚的な面白い現象がある。學生の生活もひどく自由で社會問題に興味を持つてゐるものが非常に多いやうだ。
 A君。この通信にこんなことを書くつもりではなかつた。僕の京都の午砲のことを書きたいと思つたのだ。京都の街を歩くたびに思ふことが、この古い靜かな街が、大阪のやうに急進的にいろんな方面で膨脹した都會の影響を受けて、古い好いものが破壞せられてゆくのである。去年あたりまで高臺寺の靈山で打つてゐたドンは、その響のために古い建築物にゆるみが來るといふ理由でおやめになつて、此頃では、市の議事堂で、街の人たちが牛と稱してゐてるオーと云ふ素睛しく不愉快な音響を出す機械に代へられた。この音響の爲に此度は生きた人間の耳が、癒すことの出來ない程害せられてゐることを耳鼻科の醫師から聞いている。そしてこの機械に市は何萬といふ高いお金を出したのだそうだ。そんなことはどうでも好いが、この不愉快な音響の代りに寺々の鐘を撞いて欲しいことである。丁度フランスのアンゼラスの鐘のやうに、京の街々から鐘の音が鳴響く時、私達はこの靜かな街に住む幸福をどんなに深く感じるだらう。木屋町の倡家で「幾時頃だらう」とある客がたづねたら傍の舞姫は「待つてお居やすや」と言ひながら靜かに立つて露臺へ出て川向ふの寺を見てゐたが「お寺の門が閉つたさかい五時頃だすやろ」と言つたといふ。電車の停留所さへ毎日違ふ京都の街に一秒二秒を爭ふ正確な午砲の必要が何處にあらう。
 A君。私はほんたうに京都の街を愛してゐる住民の一人です。
         ○
 Sさん。
 たしか去年の夏大阪の柳屋でお目にかゝつて以來お目にかゝりません。あなたの東京の話やいたこや松岸の話も聞きたいと思ひながらまだ逢ふ時がないのを殘念に思つてゐます。京都の六月には何もこれと言つて書くやうな芝居もありませんでした。中旬に伊庭孝の一座と言ふよりは高木徳子の一團がと言つた方が好いかも知れませんが歌舞伎座へ來ました。チヨコレート兵隊以來フアストの惡魔以來、伊庭君の舞臺を知らない私も、徳子との噂も、演伎座のいきさつも風のたよりには聞いてゐたけれど、かうした旅先きでこんな芝居を見るのも不思議な氣がします。そして私は、徳子がアメリカの田舍を曲馬師のサアカスに加はつて俗受けの鄙《ひな》唄を歌つて踊つた時代をこそ見
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