如き文書係を勤めていたので、しまいにはみんなが、てっきりこの男はちゃんと制服を身につけ、禿げ頭を振りかざして、すっかり用意をしてこの世へ生まれてきたものにちがいないと思いこんでしまったほどである。役所では、彼に対しては少しの尊敬も払われなかった。彼がそばを通っても守衛たちは起立するどころか、玄関をたかだか蠅でも飛び過ぎたくらいにしか思わず、彼の方をふり向いてみようともしなかった。課長連は彼に対して妙に冷やかな圧制的な態度をとった。ある課長補佐の如きは、「清書してくれたまえ。」とか、「こいつはなかなか面白い、ちょっといい書類だよ。」とか、またはおよそ礼儀正しい勤め人の間で普通にとりかわされている何かちょっとしたお愛想ひとつ言うでもなく、いきなり彼の鼻先へ書類をつきつけるのであった。すると、彼はちらと書類のほうを見るだけで、いったい誰がそれを差し出したのやら、相手にはたしてそうする権利があるのやら、そんなことにはいっこう頓着なく、それを受け取る。受け取ると、早速その書類の写しにとりかかったものである。若い官吏どもは、その属僚的な駄洒落の限りを尽して彼をからかったり冷かしたり、彼のいる前で彼
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