らない。彼らはそれをまともに【外套】とは呼ばないで、【半纏《はんてん》】と呼んでいた。実際それは一種変てこなものであった。他の部分の補布《つぎ》に使われるので襟は年ごとにだんだん小さくなっていった。しかもその仕事が、裁縫師の技倆のほどを現わしたものでなかったため、じつにぶざまな見苦しいものになっていた。さて、事のしだいを確かめると、アカーキイ・アカーキエウィッチは、外套をペトローヴィッチのところへもってゆかねばならぬと考えた。それはどこかの四階の裏ばしごを上がったところに住んでいる仕立屋で、めっかちな上に顔中あばただらけの男であったけれど、小役人やその他いろんな顧客《とくい》のズボンや燕尾服の繕い仕事をかなり巧くやっていた。といっても、もちろんそれは素面《しらふ》で、ほかに別段なんの企みも抱いていない時に限るのである。こんな仕立屋のことなどは、もちろん多くを語る必要はないのであるが、小説中の人物は残らずその性格をはっきりさせておくのが定法《きまり》であるから、やむを得ずここでペトローヴィッチを一応紹介させてもらうことにする。初め彼はたんにグリゴーリイと呼ばれて、さる旦那の家の農奴であっ
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