で、哀れな小役人などはまったく鼻のやり場に困じはてるのである。そうとう高い地位たる連中ですら、この寒気のためには額がうずき、両の眼に涙がにじみ出してくる。その時刻には、哀れな九等官などは、まったく手も足も出ないありさまである。唯一の救いは、薄っぺらな外套に身をくるみ、できるだけ早く五つ六つの通りを駆けぬけて、それから守衛室でしこたま足踏みをしながら、途中で凍りついてしまった執務に要するあらゆる技倆や才能が融けだすのを待つことであった。アカーキイ・アカーキエウィッチはできるだけ早く、いつもきまった道程《みちのり》を駆け抜けるように努めていたにもかかわらず、いつからともなく背中と肩の辺が何だか特にひどくちかちかするように感じ出した。ついに彼は、これは何か自分の外套のせいではなかろうかと考えた。家でたんねんに調べてみると、なるほど二、三ヵ所、つまり背中と両肩のところがまるで木綿ぎれのように薄くなっているのを発見した。ラシャは透けて見えるほどすり切れ、裏地がぼろぼろになっている。ところで、このアカーキイ・アカーキエウィッチの外套が、やはり同僚たちの嘲笑の的になっていたことを知っておかなければな
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