などということのできる者は、誰一人なかった。心ゆくまで書きものをすると、彼は神様があすはどんな写しものを下さるだろうかと、翌日の日のことを今から楽しみに、にこにこほほえみながら寝につくのであった。このようにして、年に四百ルーブルの俸給にあまんじながら自分の運命に安んずることのできる人間の平和な生活は流れて行った。それでこの人生の行路においてひとり九等官のみならず、三等官、四等官、七等官、その他あらゆる文官、さては誰に忠告をするでもなく、誰から注意をうけるでもないような人たちにすら、あまねく降りかかるところの、あの様々な不幸さえなかったならば、おそらくこの平和な生活は彼の深い老境にいたるまで続いたことであろう。
 ペテルブルグには、年に四百ルーブル、またはほぼそれに近い俸給をとっているあらゆる勤め人にとってのゆゆしき強敵がある。その強敵というのはほかでもない、健康のためには良いと言われているが、あの厳しい北国の寒さである。ちょうど、朝の八時から九時ごろ――つまり役所へ出かける人々で街路が一杯になる時刻には、特にそれが厳しくなり、だれかれの容赦なくあらゆる人々の鼻に刺すような痛みを加えるの
前へ 次へ
全77ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング