彼に馴染の声が耳にはいつた。
「いい加減にお起きよ、お前さん、お起きつたらさ!」と、その耳もとで嗄がれ声を張りあげながら、優しい奥方が力いつぱい、彼の手をひつぱつた。
 チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークは返辞をする代りに頬ぺたを膨らまして、両手で太鼓を打つ真似ごとをおつぱじめた。
「きちがひ!」と叫んで、女房は、あやふく自分の顔をひつぱたきさうな亭主の手から身を退いた。
 チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークは起きあがると、ちよつと眼をこすつて、あたりを見まはした。
「なあ、おつかあ、正真正銘、嘘いつはりのねえ話だが、おめえのその御面相が太鼓に見えてさ、おいらがその太鼓で朝の時刻《とき》を打たにやあなんねえことになつてよ、そうら、あの教父の話した、ぺてん師を豚面どもが何したとおんなじやうに、その……。」
「もうたくさんだよ、そんな阿呆ぐちを叩くのはよしとくれ! さあさあ、早く牝馬を売りに行くんだよ。ほんとに、いい笑はれもんだよ、定期市《ヤールマルカ》へ出かけて来て、苧麻ひと握りよう売らないなんて……。」
「だつてさ、おつかあ!」と、ソローピイがすぐにその口尻
前へ 次へ
全71ページ中52ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング