だ。
[#ここから21字下げ]
――小露西亜喜劇より――
[#ここで字下げ終わり]

 すがすがしい朝風が目覚めたばかりのソロチンツイの上を吹きわたつた。どの煙突からも煙の渦が日の出を迎へにたちのぼつた。市場はがやがやとざわめき出した。羊や馬が嘶きはじめ、鵞鳥や女商人の喚き声が再び市場ぢゆうにひろがつた――そして不気味な夜明け前にあんなに人々を怯えあがらせた、くだんの※[#始め二重括弧、1−2−54]赤い長上衣《スヰートカ》※[#終わり二重括弧、1−2−55]の怖ろしい取沙汰も黎明《しののめ》の光りと共に消え失せた。
 欠びをしたり、伸びをしたりしながら、チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークは教父の家の藁葺の納屋で、去勢牛だの麦粉や小麦の袋のあひだにはさまつて、うつらうつらと夢路をたどつてゐた。が、その快い夢見心地から目醒めようなどとは、てんで思ひもかけぬもののやうであつた。ところが不意に、よく耳馴れて、あたかも彼が密かに懶惰に耽る自分の家の楽しい煖炉棚《レジャンカ》か、それともわが家の敷居からものの十歩《とあし》とは離れてゐない、遠縁の者の開いてゐる居酒屋とおなじぐらゐ、
前へ 次へ
全71ページ中51ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング