鹿で、あれつきりの人間だからなあ。何もかもあの古狸の仕業さ、けふおいらがみんなと一緒に橋のうへでさんざ弥次りとばしてやつた、あの妖女《ウェーヂマ》の仕業なのさ! ちえつ、ほんとに、このおいらが皇帝《ツァーリ》か、それとも偉え大名ででもあつたら、先づ何を措いても、おめおめと女の尻にしかれてるやうな痴者《しれもの》は一人のこらず死刑にしてやるんだが……。」
「ぢやあ、おいらが骨折つて、チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークにパラースカを手ばなすことを納得させたら、お前さん去勢牛《きんぬき》を二十|留《ルーブリ》で譲るだかね?」
グルイツィコは胡散臭さうに相手の顔を眺めた。浅黒いジプシイの顔には邪《よこし》まで、毒々しくて野卑で、それと同時に横柄な面魂が浮かんでゐた。それをひとめ見た者には、この男の奇怪な心底には只ならぬ魂胆がふつふつと煮えたぎつてゐて、それに対する地上の報いはただ絞首台あるのみだといふことが立ちどころに頷かれた。鼻と尖つた頤とのあひだへすつかり陥《お》ちこんで、絶えず毒々しい薄笑ひを浮かべてゐる口許、火のやうにキラキラ光る金壺まなこ、かはるがはる始終その顔にあら
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