の舌まはりものろく、懶げであつた。あちこちに焚火の火がちらついて、水団の煮える香ばしい湯気が、ひつそりした通路を流れた。
「何をふさぎこんでるだね、グルイツィコ?」と、背のひよろ長い、日焦けのしたジプシイがわれらの若者の肩を叩いて叫んだ。「どうだね、二十|留《ルーブリ》で去勢牛《きんぬき》を手ばなしちやあ!」
「手前つちときたら、一にも去勢牛《きんぬき》、二にも去勢牛《きんぬき》だ。手前たちやあ、なんかといへば慾得一点ばりで、堅気な人間を誤魔化したり、ぺてんに懸けたりばかりしてやがるんだ。」
「ちえつ、馬鹿々々しい! まつたく冗談でなしにお前《めえ》さんどうかしてるよ。自分で花嫁を取りきめておきながら、今更それを後悔してるんぢやないかね?」
「ううん、おいらはそんな人間たあ訳が違ふ。約束を反古にするやうなことはしねえさ。一旦とりきめたこたあ金輪際、変改《へんがへ》するやうなこたあしねえよ。だが、あのチェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークのおやぢには良心つてものがねえんだ、半文がとこもねえんだ。約束はしても、気が変るんだ……。だが、あのおやぢを責めることも出来ねえさ、奴さんは馬
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