のとほり碌でもねえものだらけなのに、まだその上に、あなた様は嬶あなんてものをお創造《つくり》になつただ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]

      五

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をれるなすずかけ、お前は嫩い。
しよげるな哥薩克、お前も若い!
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――小露西亜の小唄――
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 白い長上衣《スヰートカ》を著た若者は、自分の荷馬車の傍に坐つたまま、がやがやとざわめく周囲《ぐるり》の人波をぼんやり眺めてゐた。おだやかに午前と午後を照らしをへて疲れはてた太陽は地平の彼方に沈んで、まさに暮れなんとする日は蠱惑的に、鮮やかな紅《くれなゐ》の色をおびた。白い大小の天幕小舎の頂きがほんのりと焔のやうな薔薇いろの光りを受けてまばゆく輝やいてゐた。かさねて立てかけられた夥しい窓枠の硝子が反射し、酒場の卓子のうへに置かれた青い酒罎やさかづきは火のやうな色にかはり、甜瓜《まくはうり》や西瓜や南瓜の堆積《やま》が、さながら黄金《きん》と赤銅の鋳物のやうに見えた。がやがやいふ人声もめつきり少くなり、低くなつて、女商人や、百姓や、ジプシイも今はしやべり疲れて、そ
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