ながら、びくびくして一同の後に従つた。さういふ大広間を三つも横切つたが、鍛冶屋は相も変らず仰天しつづけてゐた。四つ目の大広間へ入ると彼は、そこの壁に懸つてゐた額面へ、我を忘れて近寄つた。それは童児基督を抱いた聖母の像であつた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]何といふ絵だらう! 実に素晴らしい画像だ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、彼は心の中で感歎した。※[#始め二重括弧、1−2−54]今にもほんとに物を言ひさうだ! まるで生きてゐるやうだよ! それにこの神の御子はどうだい! 手を抑へて、にこにこしてるよ、いぢらしい! だが、この顔料《ゑのぐ》はどうだ! ほんとにおつ魂消るやうな顔料《ゑのぐ》だ! 茲にやあ泥絵具なんてこれつぽちもつかつちやあない、これはみんな上等の羣青や朱だ。それにこの空色はどうだい、まるで燃えるやうぢやないか! 大したもんだ! 屹度、飛び切り極上の胡粉で下塗りがしてあるんだらうな。だが、この彩色にもおつ魂消るけれど、この銅《あか》の把手と来ちやあ、※[#終わり二重括弧、1−2−55]さう言ひながら彼は扉に近づいて、錠前に触つて見るのだつた。※[#始め二重括弧、1−2−54]これはまた、もう一つ吃驚するて、実にどうも、きれいな細工つたらないよ。これあなんだな、みんな独逸の鍛冶屋が、費用かまはずにやつてのけた仕事に違ひない……。※[#終わり二重括弧、1−2−55]
金モールをつけた従僕が彼の腕を小突いて、他の同行者たちに遅れないやうにと注意しなかつたら、恐らく鍛冶屋はもつともつと鑑賞に耽つてゐたことだらう。ザポロージェ人の一行は更に二つの大広間を通り過ぎてから立ちどまつた。そこで待つてゐるやうにといふ指図だつたのである。その大広間には、金ピカの刺繍《ぬひ》を施こした軍服を著た将軍が幾人も集まつてゐた。ザポロージェ人たちは四方八方へペコペコとお辞儀をした。そして一と塊りになつて立つてゐた。
一瞬間の後、でつぷりと肥満《ふと》つた、背丈の堂々たる人物が、哥薩克大総帥の制服に黄色い長靴といふ扮装《いでたち》で、大勢の随員をしたがへて現はれた。彼の頭髪はもぢやもぢやに乱れ、片方の眼が少しやぶにらみで、いつたいにその顔つきには、どことなく驕慢不遜の色が現はれ、すべての動作《ものごし》に命令的な癖が見られた。それまでかなり横柄に振舞つてゐた、金ピカ
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