も勿体らしい表情が浮かんだ。「わしたちはな、同胞《きやうだい》、その、陛下に自分たちのことでいろいろ奏上せねばならんのぢやから。」
「お供をさせて下さいよ!」と、鍛冶屋は言ひ張つた。そして拳で衣嚢《かくし》を叩きながら、そつと悪魔に囁やいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]承知させて呉れ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
彼がさう言ふか言はないに、もう一人の方のザポロージェ人が、「まあ、いいから伴れて行つてやらうではないか、同胞《きやうだい》!」と、とりなした。
「さうよ、伴れて行かうよ!」と、他の一同も声を揃へて言つた。
「ぢやあ、わしたちとおんなじ衣裳をつけるがよい。」
鍛冶屋が大急ぎで草いろの長上衣《ジュパーン》を身につけた時、不意に扉があいて、金モールをつけた迎への役人が入つて来て、参内の時刻だと告げた。
大きな箱馬車に乗つて、弾機《ばね》に揺られながら出かけると、またしても鍛冶屋の眼にはあらゆる珍らしい光景が映りだした。両側の四階だての家並がずんずん、後へ後へと駈け去り、鋪石道《しきいしみち》はがらがらと轟ろきながら、ひとりでに馬の足もとへ、前方から驀進して来るやうに思はれた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]ひやあ、どうもはや、これは何といふ燈火《あかり》だらう!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、鍛冶屋は心ひそかに呟やいたものだ。※[#始め二重括弧、1−2−54]村ぢやあ昼間だつて、かうは明るくないのに。※[#終わり二重括弧、1−2−55]
馬車は宮殿の前で停つた。ザポロージェ人たちは車を降りて、壮麗な御車寄へ歩を進め、まぶしいほど光り輝やいてゐる階段を登つて行つた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]何といふ素敵もない階段だらう!※[#終わり二重括弧、1−2−55]と鍛冶屋は胸の中で呟やいた。※[#始め二重括弧、1−2−54]足で踏むのは勿体ない。実にどうも、この装飾《かざり》はどうだ! よく話半分といふけれど、何が半分どころか! これはどうだい! 何といふ素晴らしい欄干だらう! この細工はどうだ! この鉄材だけでも、五十|留《ルーブリ》がものは要《い》つとるぞ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
階段を登りきつたザポロージェ人たちは、第一の大広間を横切つた。鍛冶屋は嵌木床《パルケット》のうへで辷りはせぬかと一歩々々に心を配り
前へ
次へ
全60ページ中47ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平井 肇 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング