ぶらしてゐるだけで。」
「お前さん手を貸してお呉れな、この袋を運ぶんだよ! どいつだか流しでしこたま貰ひ集めておいて、こんな道の真中へ棄てて行きをつたのぢや。儲けは山分けにするよ。」
「袋だつて? 何が入えつてるだね、白麺麭《クニーシュ》か、それとも扁平麺麭《パリャニーツァ》でも入えつてるだかね?」
「うん、いろいろ入つとるらしいだよ。」
 そこで二人は、手早く籬《まがき》から杭を二本ひき抜いて、それへ袋を一つ載せると、肩に担いで歩き出した。
「いつたい何処へ持つて行くだね、酒場へ行かうか?」と、途中で織匠《はたや》が訊ねた。
「それあ、おらもさう思はんでもねえだが、あの忌々しい猶太女め、てんでおれを信用しをらんのぢや。それでまた何処ぞで盗んで来たんだらうなどと、疑ひをかけるかも知れんと思ふのさ。それにおれはたつた今、その酒場から出て来たばかりだでな。これはおらの家へ持つて行くことにしよう。誰も邪魔者はゐねえだから。なあに、女房《かかあ》も家にやゐねえんでね。」
「おかみさんが留守だつて、それあ確かなことかね?」と、用心深い織匠《はたや》は念を押した。
「お蔭で、まだそれほど耄《ぼ》けちあゐねえよ。」と、教父《クーム》が言つた。「あいつのゐるとこへ、のめのめと帰えつて堪るもんけえ。おほかた夜明けまで婆あ仲間とほつつき※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つてやがるだらうよ。」
「誰だい?」と、表口へ二人の仲間同士が袋を担ぎこんだ物音を聞いて、教父の女房が家の中から戸を開けて呶鳴つた。
 教父《クーム》は立ちすくんでしまつた。
「そうら見なせえ!」と、がつかりして織匠《はたや》が呟やいた。
 教父《クーム》の女房は世間によくある型のかみさんだつた。亭主とおなじやうに、彼女も殆んど家にはゐないで、まるで日がないちんち中、おしやべり仲間や金持の老婆の家へ入りびたつて、おべんちやらを並べながら、ガツガツと物を食つてゐたが、朝の間だけは亭主とよく啀《いが》みあひをやつた、といふのは、朝だけは教父《クーム》と顔をあはせることが間々あつたからで。彼等の家は郡書記のはいてゐる寛袴《シャロワールイ》の二倍も古びてゐた。屋根にはところどころ藁も無い処があつた。籬はといへば、きまつて誰も彼もが外へ出るとき、犬除《いぬよ》けの杖を持つて出ずに、教父《クーム》の家の菜園を通りすがりに手頃
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