私は今、滅亡しかかつてゐるのです![#「!」は底本では「?」] この世ではもう私の救はれる道がないのです! もう、どうなつても構ひません。私は悪魔の助けを借りに来たのです。ねえ、パツュークさん!」と、鍛冶屋は、やはり黙りこくつてゐる相手を見やりながら、言つた。「私はいつたいどうしたら好いのでせうか?」
「悪魔に用があるのなら、悪魔のところへ行くがよい!」と、パツュークは相手の顔も見ずに団子汁《ガルーシュキ》を貪りつづけながら、答へた。
「それだからこそお邪魔に上つたのです。」とお辞儀をして、鍛冶屋は言葉を返した。「あんたを措いて、悪魔のところへ行く道を知つてゐる者は、この世にはないと思ひますんで。」
 パツュークはやはり無言のまま、残りの団子汁《ガルーシュキ》を食ひつづけてゐた。
「どうぞ後生ですから、枉げてもこの願ひを聴き入れて下さい!」と、鍛冶屋は縋るやうに言つた。「豚肉でも、腸詰でも、蕎麦粉でも、それとも、布地にしろ、稷にしろ、そのほかどんな物でも、おいりやうの節には……それあもう大概どなたの処でもよくあり勝のことなんで……さういふ折には、決して物吝みはいたしません。いつたいどうしたら、悪魔と近づきになれるか、ひと通り話して頂けませんでせうか。」
「悪魔を肩にかついでゐながら、わざわざ遠路《とほみち》を行くにも当るまいて。」さう、依然として身の構へを変へようともしないで、パツュークが答へた。
 ワクーラは、その言葉の意味がそこに書いてでもあるやうに、まじまじと相手の顔を見つめた。※[#始め二重括弧、1−2−54]この人の言ふのは、いつたいどういふことなんだらう?※[#終わり二重括弧、1−2−55]彼の顔には、さういふ無言の疑惑が現はれて、その口は、第一番に発せられる相手の言葉を、団子かなんぞのやうに、呑みこまうとでもするやうに、ぽかんと半びらきになつてゐた。
 しかしパツュークは黙りこくつてゐた。
 その時ワクーラは、パツュークの前にはもう、団子汁《ガルーシュキ》も桶も無くなつて、そのかはりに、床に二つの木鉢が並んでゐるのに気がついた。その一つには肉入団子《ワレーニキ》が盛られて、もう一つの方には凝乳《スメターナ》が湛へてあつた。彼の眼と心とは期せずしてその食物の上に集中された。※[#始め二重括弧、1−2−54]見てゐてやらう※[#終わり二重括弧、1−2−55
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