て土耳古風にあぐらをかいて坐つてゐた。その鉢はちやうどお誂へ向きに彼の口と同じ高さに据わつてゐた。指一本動かすでもなく、彼は少し首を鉢の方へかしげて汁《しる》を啜りながら、時々団子を前歯で捕へては食つてゐた。
※[#始め二重括弧、1−2−54]いや、こ奴は※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、ワクーラは肚の中で思つた。※[#始め二重括弧、1−2−54]チューブ以上のものぐさ野郎だぞ、あの親爺はまだしも匙を使つて食ふが、この男と来ては手を持ちあげることさへ吝んでやがる!※[#終わり二重括弧、1−2−55]
 パツュークはよほど、団子汁《ガルーシュキ》に夢中になつてゐたものと見えて、鍛冶屋が閾をまたぐなり、平身低頭して挨拶をしたのに、彼はまるで鍛冶屋の来たことも気がつかぬそぶりだつた。
「ちょいとお願ひの筋があつて来たのですがね、パツュークさん!」と、もう一度お辞儀をしながらワクーラが言つた。
 ふとつちよのパツュークは、ちよつと頭をあげただけで、また団子汁《ガルーシュキ》を啜りにかかつた。
「さう言つちやあ、何ですが、世間の噂では、その、あんたは……」と、勇を鼓して鍛冶屋はつづけた。「こんなことを言ふのは、決してあんたに無礼を加へようためではありませんが――あんたは、ちつとばかり悪魔に御縁がおありださうで……。」
 かう言つておいて、ワクーラは、それでもまだ、自分の言ひ方が不躾けで、こんなひどい言葉をあけすけに言ひきつてしまつたからには、パツュークが鉢ぐるみ桶をさしあげて、彼の頭をめがけて投げつけはせぬかと、少し後ろへさがつて、団子汁《ガルーシュキ》の熱い汁を顔に浴びせられないやうに、袖で顔をおほつた。
 だが、パツュークはジロリとこちらを眺めただけで、再び団子汁《ガルーシュキ》を啜りはじめた。
 すこし勇気を取りなほした鍛冶屋は、思ひきつて言葉をつづけた。「私はあんたを頼つて来たのです、パツュークさん。どうか神様があんたに万《よろ》づの物を、あらゆる不足のない福徳を、割前だけの麺麭を、お授けになりますやうに! (この鍛冶屋は時たま流行語《はやりことば》をちよいと※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《はさ》むことがあつた。それはポルタワの百人長《ソートニック》のところへ、板塀を塗りに行つた時以来、覚えこんだ癖であつた。)この罪深い
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