素早く鏡の前へ顔を持って行った――鼻はある。彼は朗らかに後ろを振り返ると、少し瞬きをしながら、嘲るような様子で二人の軍人をちらと眺めた。その一人の鼻はどうみてもチョッキのボタンより大きいとは言えなかった。そこを出ると、かねがね副知事の椅子を、それが駄目なら監察官の口をとしきりに奔走していた省の役所へ赴いた。そこの応接室を通りすぎながら、ちらと鏡をのぞいてみた――鼻はある。つぎに彼は、もう一人の八等官、つまり少佐のところへと出かけた。それは大の悪口屋で、いつもいろんな辛辣な皮肉を浴びせるものだから、彼はよく、【ふん、何を言ってやがるんだい、ケチな皮肉屋め!】と応酬したものである。で、彼は途々《みちみち》、【もし、奴さんがこの俺を見て笑いころげなかったら、それこそてっきり、何もかもがあるべきところについている確かな証拠だ】と考えた。ところが、その八等官も別に何とも言わなかった。【しめ、しめ! どんなもんだい、畜生!】と、コワリョーフは肚の中で考えた。帰る途中で、娘をつれた佐官夫人ポドトチナに出会ったので、挨拶をすると、歓声をあげて迎えてくれた。して見れば、彼の身には何の欠陥もない訳だ。彼は
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