馬車、但し弾機《ばね》一個不足とか、生後十七年、灰色の斑《ぶち》ある若き悍馬《かんば》とか、ロンドンより新荷着、蕪《かぶ》および大根の種子とか、設備完全の別荘、厩《うまや》二棟ならびに素晴しき白樺または樅《もみ》の植込となし得る地所つきといったものも見受けられ、また、古靴底の買手募集、毎晩八時より午前三時まで競売というようなのもあった。すべてこうした連中の押しかけていた部屋は手狭であったため、室内の空気がひどく濁っていた。けれど、八等官のコワリョーフはその臭いさえ感じなかった。というのは、ハンカチを当てていたからでもあるが、第一、肝腎の鼻そのものが、一体どこへ行ったのやら皆目わからない為体《ていたらく》であったからである。
「時に、ぜひひとつお願いしたいのですが……非常に緊急な用事なんでして。」と、とうとう我慢がならなくなって、彼は口を切った。
「はい只今、只今……。二ルーブルと四十三カペイカ也と……。只今すぐですよ!……一ルーブル六十四カペイカ也と!」そう言いながら白髪の紳士は、老婆や門番連の眼の前へ書付を投げ出しておいて、「ところで貴方の御用は?」と、ようやくコワリョーフの方を向い
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