り込むと、「全速力でやれ!」と、ひたすら馭者をせきたてた。
「警察部長は御在宅ですか?」と、玄関へ入るなり彼は呶鳴った。
「いや、おいでになりませんよ。」という玄関番の答えだ。「たった今お出かけになったばかりで。」
「さあ、困ったぞ!」
「はい、まったく、」と玄関番はつけ加えた。「それもつい今しがたお出かけになりましたので。もう、ほんの一分も早ければ、御面会になれたかもしれませんのに。」
 コワリョーフはハンカチを顔にあてたまま、馬車に乗りこむと、自暴《やけ》くそな声で「さあ、やれ!」と呶鳴った。
「どちらへ?」と馬車屋が訊ねた。
「真直ぐに行け!」
「え? 真直ぐにね? だってここは曲り角ですぜ。右へですか、それとも左ですか?」
 この問いがコワリョーフの心を制して、再び彼を考えさせた。かような事態に立ち至ったかぎりは、さしあたり治安の府に訴えるのが順当であった。というのは、直接これが警察に関係のある事件だからというよりも、警察の手配が他のどこよりもはるかに敏速に行なわれるからであって、鼻が勤めていると言った役所の手を経て満足な結果を期待しようなどとは、まったく沙汰のかぎりで、すでに
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