投げ出してゐた……。どれもこれも定期市《ヤールマルカ》にはつきものの賤しい小商人どもばかりぢや。祖父はちよつと立ちどまつて、しげしげと眺めたものぢや。さうかうするうちに、天幕の中がおひおひざわつきだしてな、猶太人の女どもが水筒をガチャガチャいはせはじめ、そこここから煙の輪がたちのぼつて、温たかい揚饅頭の匂ひが野営ぢゆうに漂ひ流れた。祖父はふと、燧鉄《うちがね》も煙草も用意をせずに出かけて来たことを思ひ出して、市場の中をぶらぶら歩き出した。ところが、ものの二十歩も進んだかと思ふと、ばつたりザポロージェ人に出会つた。放埒な遊び人であることはその顔を見れば一目で分る! 燃えるやうな緋の寛袴《シャロワールイ》に*ジュパーンをまとひ、派手な花模様の帯をしめて、腰には長劔《サーベル》と、踵までもとどく銅の鎖の先につけた煙管《パイプ》を吊つてゐる――てつきり、ザポロージェ人なのぢや! ザポロージェ人といへば、実に素晴らしいものでな! 立ちあがつてシャンと躯《からだ》を伸ばすと、雄々しい口髭を捻つて、靴の踵鉄《そこがね》の音も勇ましく踊りだしたものぢや! そのまた踊り方といつたら、両脚がまるで、女の手
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