したのぢや。祖父は元来、仕度に手間どることが大嫌ひぢやつたから、早速その上書を帽子の裏へ縫ひこんで、馬を曳つぱり出すと、女房とそれから、祖父自身の呼び方に従へば、二匹の仔豚――その中の一匹がかくいふやつがれの生みの親父であつた筈なのぢやが――に接吻しておいて、まるで五十人からの若者が往来の真中で*九柱戯《カーシャ》でもおつぱじめたかと思はれるやうな、おつそろしい土けぶりを蹴立てて出発したものぢや。で、翌る朝の、まだ四番鶏も唄はぬ未明に、祖父はもう*コノトープへ差しかかつてをつた。ちやうどその時には定期市《ヤールマルカ》が立つてゐて、往来といふ往来には目も眩むほど人|群《だか》りがしてゐたが、しかしまだ早朝のこととて、何れも地べたに寝はだかつて夢路を辿つてゐた。一匹の牝牛のそばには鷽《うそ》のやうに真赤な鼻の、放埒な若者が寝そべつてゐた。そのむかうには、磁石や、藍玉や、散弾や、輪麺麭《ブーブリキ》といつた品々を持つた女商人がグウグウ鼾をかいてゐた。馬車の下にはジプシイが横たはつてをり、魚を積んだ車のうへには車力が寝てゐた。帯や手套《てぶくろ》を持つた髭もぢやの大露西亜人が道の真中に両脚を
前へ
次へ
全34ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ゴーゴリ ニコライ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング