然、まるで掛矢の百挺も打ちおろしたかと思はれるやうな凄い物音が森ぢゆうに響き渡つて、頭の中がガーンと鳴り出したほどぢやつたといふ。それと同時に一瞬、雷光《いなづま》のやうに森中がパッと照らし出されたのぢや。咄嗟に祖父は細い灌木のあひだを縫ふやうに走つてゐる小径を見てとつた。それから焼け残つた立木もあり、茨の叢《やぶ》もある! 聴かされたとほり寸分の違ひもない。なるほど酒場の亭主め嘘はつかなかつたわい。だが、刺のあるくさむらを押し分けて通り抜けるのは、なかなか楽な仕事ではなかつた。なんともはや、こんなに痛く手足をひつかく刺や枝といふものには生まれて初めてお目にかかる次第で。殆んど一と足ごとに祖父は悲鳴をあげたものぢや。しかし先きへ進むにつれて、だんだんあたりがひらけ、木立が疎らになつて、これまで祖父が波蘭《ポーランド》の彼方《むかふ》でも、つひぞ見たことのないやうな、恐ろしくひろびろとしたところへ出た。木立のあひだから、まるで磨ぎすました鋼鉄のやうな、黒々とした小川の流れが見える。祖父はあたりを見まはしながら、しばらくその岸に立ちつくした。むかふ岸に火が燃えてゐる。それが今にも消えさうに
前へ
次へ
全34ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ゴーゴリ ニコライ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング