つたい》してしまつたと、一部始終を打ち明けた。馬車ひきどもは棒を頤杖について、しきりに首を傾げながら長いあひだ考へてゐたが、この基督教国で大総帥《ゲトマン》からの上書を悪魔がかつ浚つて行つたなどといふ面妖な話は、つひぞこれまで聞いたこともないと言つた。他の連中はまた、悪魔と大露西亜人《モスカーリ》にかつぱらはれたものは決して二度と再び手に戻ることがないとつけ加へた。ただひとり酒場の亭主だけは、なんにも言わずに部屋の隅に坐つてゐた。祖父はそこで亭主の方へ近寄つた。総じて人が口を噤んでゐるのは、いい分別を持つてゐる証拠だ。ただ、この亭主はあまり口の軽い方でなかつたから、祖父が五|留《ルーブリ》金貨を一つ衣嚢《かくし》からつまみ出さなかつたものなら、彼はなんの得るところもなく、いつまでも亭主の前に棒だちに立ちつくしたに過ぎなかつただらう。
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ゴルリッツア 小露西亜の代表的な舞踊の一種。
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「それぢやあ、その上書をどうして見つけたものか、ひとつお前さんに教へて進ぜやんせう。」と、亭主は祖父を傍らへ呼んで言つた。祖父はほつと胸をな
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