そく帽子を掴んで戸外《おもて》へ飛び出さずにゐられないといつた、あんな手合とは、てんで比べものにもなんにもなつたものぢやない。今もまざまざと思ひ出すのは、亡くなつた老母がまだ存命ちゆうの頃のことでな――戸外《そと》では酷寒《マローズ》がぴしぴしと音を立てて、自宅《うち》の狭い窓をこちこちに凍てつけるやうな冬の夜長の頃、母は麻梳《グレーベニ》の前で長い長い絲を手繰りだしながら、片方の足で揺籃《ゆりかご》をゆすぶりゆすぶり、子守唄をうたつてゐたつけが、その唄声が今もわしの耳の中で聞えてをりますわい。油燈《カガニェツ》はなんぞに怯えでもしたやうに顫へてパチパチと燃えながら、うちの中のわしたちを照らしてゐる。紡錘《つむ》はビイビイと唸つてゐる。そこでわしたち子供一同は一塊りに寄りたかつて、老いこんでもう五年の余も煖炉《ペチカ》から下りて来ない祖父《ぢぢい》の話に聴き入つたものぢや。したが、遠い遠い昔の物語や、*ザポロージェ人の遠征、波蘭人の話、さては*ポドゥコーワだの、*ポルトラ・コジューハだの、*サガイダーチヌイだのの武勇談、さういつた風な昔語りよりは、どちらかと言へば、何かかう、古めかしい
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