の時、彼の眼にははつきりと、鉄板《てつ》を著せた小型の櫃がうつつた。で、彼がすんでのことに手を掛けてそれを持ちあげようとすると、櫃は地の底へずるずるとめりこんでゆくではないか。そして彼のうしろでは、どちらかといへば蛇の匍ふ音に似たやうな笑ひ声がした。『駄目なこつちやよ、お主が人間の血を手に入れるまでは、その黄金《かね》を見る訳にはいかんのぢや!』さう言つて妖女《ウェーヂマ》は、彼の前へ白い敷布《シーツ》にくるまれた六つぐらゐの子供をつれて来て、その首を刎ねよといふ相図をした。ペトゥローはその場に立ちすくんでしまつた。たとへどんなことがあらうとも、人間の、ましてや罪もない子供の首を斬り落すなどといふことがどうして出来るものか! 彼は赫つとなつて子供の頭に巻かれた敷布《シーツ》を引きはいだ。と、どうだらう? 彼の眼の前に立つてゐるのはイワーシではないか。哀れな子供はいたいけな両手を十字に組んで、頭べを垂れてゐるのであつた……。狂人のやうになつたペトゥローは、短刀を振りかぶつて妖女《ウェーヂマ》にをどりかかりざま、まさにその手を打ちおろさうとした……。
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