ちやうどいい時に間にあつただぞ、明日《あした》はイワン・クパーラぢや! 一年のうち今夜ひと晩だけ、蕨《わらび》に花が咲くのぢや。この期《ご》をはづしちやあならんぞ! おれは今夜、真夜中に熊ヶ谷でお主を待つてゐてやる。』
 恐らく、この日ペトゥルーシャが夜になるのを待ち焦れたほどには、鶏も女房《かみさん》が餌を持つて来てくれる時刻を待ちあぐねはしなかつたらう。刻一刻に怺《こら》へ性がなくなつて、なん度となく戸外《おもて》へ出ては木立の影が少しでも長くならないかと、そればかり眺め眺めしたものぢや。なんといふ日の長いことだらう? どうやら、天帝の定めた一日が、どこかへ尻尾を置き忘れて来たものとみえる。だが、やうやくのことで太陽の姿がなくなつた。空は一方だけが赤らんでゐる。やがてそれも薄暗くなつて来た。野原はひとしほ肌寒くなつて、だんだん夕闇がせまり、そろそろ黄昏《たそが》れそめる。やれやれ、やつとのことで! 彼は飛びたつ思ひで支度もそこそこに、足もとに用心しながら、欝蒼と生ひ繁つた森の中を辿つて、熊ヶ谷と呼ぶ奥深い谷底へと降りて行つた。バサウリュークはもうちやんと、そこに待つてゐた。鼻をつま
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