たのだが、それは無駄なことだつた。火酒はまるで蕁麻《いらくさ》のやうに彼の舌を刺して、苦蓬《にがよもぎ》の汁よりも苦く思はれた。それで彼はその大コップを地べたへ叩きつけた。『悲観することあねえぞ、哥薩克!』さういふ胴間声が彼の頭のうへで鳴り響いた。振りかへつて見ると、そこにゐるのはバサウリュークだ! いやはや! なんといふ醜顔《つら》ぢやらう! 髪の毛はごはごはして、眼の玉がまるで牡牛のそれのやうぢや。『お主が何に困つてをるのか、それはちやんと知つとるぞ。そうら、これだらう!』さう言ひながら、彼は悪魔のやうな薄笑ひを浮かべて、帯のわきに下げてゐた革の財布をジャラジャラ鳴らした。ペトゥローはぶるつと身顫ひをした。『へ、へ、へ! どうだ、よく光るぢやらうが!』彼は金貨を手のひらへザラザラと移しながら喚いた。『へ、へ、へ! どうだ、好い音がするぢやらうが! かういふお銭《ぜぜ》をたんまり儲けるのに、仕事といへばたんだ一つきりさ!』『悪魔!』と、ペトゥローが躍起になつて叫んだ。『それをやらせてくれい! おらはどんなことでもして退けるだから!』そこで手うちが交はされた。『見ろ、ペトゥロー、お主は
前へ 次へ
全46ページ中21ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ゴーゴリ ニコライ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング