は意地の悪い運命の眼《まなこ》にみこまれてしまつたのだ。おれの方にだつてな、いとしい恋人さん、婚礼は挙げられるよ――おれの婚礼にやあ、坊さんがお経をあげるかはりに黒い鴉がカアカア啼くだらう。おれの家はだだつ広い野原で、蒼黒い雨雲が屋根の代りになるのだよ。鷲めがおれの鳶いろの眼球《めだま》をつつき、哥薩克|男子《をのこ》のこの骨は雨露《あめつゆ》に洗はれて、やがては旋風の力でひからびてしまふことだらう。だがおれはどうしたといふんだ? だれを恨み、だれに泣きごとをならべることがあらう? 所詮は神がかういふ運命に定められたのだ! ええ、もう身も心も破滅してしまへばいいんだ!』さう言ふと、そのまま彼は居酒屋をさしてまつしぐらに飛んで行つたといふ。
 祖父《ぢぢい》の叔母は、ペトゥルーシャが自分の酒場へ、それも堅気な人たちなら朝の勤行に詣つてゐる時分に、ひよつこり姿を現はしたのを見てちよつと驚ろいたが、彼が半樽の余も入りさうな大コップで焼酎《シウーハ》を注文した時には、まるで目のくり玉がとびだしさうなほど、相手の顔を見つめたものぢやさうな。この可哀さうな男はどうかしてその悲しみを払ひ落さうと思つ
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