つしより濡らした手拭も一筋や二筋ぢやない。あたしやせつなくつて、なんだか胸がしめつけられるやうなの。親身のお父さんでさへ、あたしには仇敵《あだがたき》もおんなしだわ――好きでもない波蘭人のとこなんかへ無理やりお嫁に行かせようとするんだもの。あのひとにさう言つておくれ、うちではもう婚礼の支度にかかつてゐるのだけれど、あたしの婚礼には賑やかな音楽などはなくつて、八絃琴《コーブザ》や笛の代りに補祭がお経をあげるのだつて、ね。そしてあたしは花聟といつしよに踊るのではなく、棺に入れて担《にな》つてゆかれるのだつて。あたしのお嫁にゆくところは暗い暗いお家なんだつて!――そして、屋根のうへには煙突の代りに楓の木の十字架が立つんだつて!』
あどけない子供がピドールカのことづてを片言で繰りかへすのを聴きながら、ペトゥローはまるで化石にでもなつたやうにその場に棒立ちになつてしまつた。『ええ、情けない、おれはまたクリミヤか土耳古へでも押しわたつて、金銀をうんと分捕つて、しこたま身代を拵らへてから、お前のとこへ帰つて来ようと思つてゐたのになあ、おれの別嬪さん。それもやつぱり駄目か。どこまでも、おれたちふたり
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