薬もない当時のこととて、百姓どもが壁を叩いて野禽《とり》を追ふのに使つた、木槌の音よりも大きく彼の耳に響いたものぢや。
 我れに返るとともに、彼は、壁に懸つてゐた父祖伝来の鞭をおつ取りざま、哀れなペトゥローの背筋をめがけてピシリと一つ撃ちおろさうとしたが、ちやうどその時、どこからかピドールカの弟で六つになるイワーシが駈けこんで来るなり、仰天して、いたいけな両の手で父親の脚にしがみついて、『お父ちやん、お父ちやん! ペトゥルーシャを殴《ぶ》つちやあ、いけないようつ!』と喚き出しをつたのぢや。どうしやうがあるものか? 父親の心だとて木石ではない筈ぢや。彼は鞭をもとの壁に懸けて、やをら相手を扉の外へしよびき出すなり、『向後この家でおれの眼にとまつて見ろ、うんにや、そればかりか、うろうろと窓の下へでも近づいて見ろ、その時こそ、いいか、ペトゥロー、おらがテレンチイ・コールジュである限り、誓つて、汝《うぬ》のその黒い髭と、それからこの豚尾が――ほうら、もう耳を二たまはりも巻けるわい――これがどちらも汝《うぬ》のど頭《たま》から消えてなくなるんだぞ!』かう言ひざま、彼はすばやく拳をかためて、ペトゥロ
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