お主よ、わしはもう頌歌席でハレルヤを唱へさせて貰ひませんでも結構ぢや。それはさて、かうして若者と娘つ子とが互ひに朝夕顔を見あはせて暮してゐた日には……それがどんな結末になるかは、火を見るより明らかな話で、まだ黎明《しののめ》の頃ほひ、赤長靴の踵鉄《そこがね》が目につけばそこには必らずピドールカが情人のペトゥルーシャと甘いささやきを交はしてゐたわけぢや。しかし、つひぞそれまでコールジュが邪慳なこころを起すやうなことはなかつたが、ある時――これこそ他ならぬ悪魔のそそのかしに違ひないのぢやが――ペトゥルーシャのやつ、碌々あたりに注意もはらはず、あとさきの考へもなしに、家の入口で哥薩克娘《カザーチカ》に出会ひざま、その薔薇色の唇に、いはば無我夢中で接吻したのぢや。ちやうどその時、同じ悪魔めが、ええつ、ほんに畜生め、霊験いやちこな十字架の夢でも見くさるがええ!――あらうことか、あの耄碌親爺に入口の扉を開けさせをつたのぢや。コールジュ老人は戸につかまつて棒だちになつたまま、開いた口も塞がらなかつた。その忌々しい接吻の音で彼の耳はすつかり聾になつてしまつたかとさへ思はれたのぢや。それは、まだ鉄砲も火
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