店を出ると、うなだれがちな私を引き立てるように、晴々とした調子で彼は云った。
『何にしても、これなら先方だって充分嬉しがるに違いない。幸福な婦人だ。ところで、その淑女は、僕などの無論知らない人でしょうな。』
『いや……』私は口ごもった。『いや、実はあの「星の花」と今晩一緒に遊びに行く約束をしたのです。』
 するとH――氏は、ひどく吃驚した様子で立ち止まった。
『これはしたり! いやはや、そんなことと知っていたなら、僕は何もこんなお人好しの役目を仰せつかるのではなかった。あの女は実に怪しからぬ奴です……』
 H――氏は激昂のあまり息を切らせながら云うのであった。『正直なことを白状すれば、あの女は僕と夙に夫婦約束がしてあるのです。そして、しかも、僕にも指輪を一つ買わせました。これとすっかり同じ指輪なのです。あの女は十月生まれですから、蛋白石を欲しがるのですよ。ああ、何と云う咀われたことでしょう。』
『大丈夫です。』と僕は云い切った。『僕にとって、女よりもロマンティストの信義と友愛の方が遙かに値打のあるものです……この指輪は、溝へたたき込んでしまいましょうか? それとも、店へ返して、その金で
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