、私は早くからH――氏の部屋を訪れて、ロマンティストは、一体どんな指環を恋人のために択ぶべきかを質いた。
『君に恋人があるんですか?――』
『指環が万事物を云うのです。』
『せいぜい立派なのを買ってお上げなさい。』
『蛋白石と云うのですが、僕には宝石の鑑定などは少しも出来ないのでしてね。』
『造作もない話です。一緒に行こうではありませんか。そんな贈物はロマンティストとして是非とも細心を要することです。』
H――氏は非常に乗り気になって、直ぐ宝石屋迄一緒に行ってくれた。そうして、殆ど自分独り決めに、恰もH――氏の贈物ででもあるかの如き熱心さで、いろいろと吟味した末、一番値の張った奴を択び出した。
『これを買ってお上げなさい。値段は――持っていますか?』
H――氏は正札と見比べるように、私の財布の中味を覗き込んだ。
『恰度。すっかりハタかなければなりません――もう少し廉いのではいけないでしょうか?』
『困るなあ。――』H――氏は横を向いて眉をひそめた。
『金銭に淡白になれないロマンティストなんて、鼻もちになったものではない…』そこで、私は到頭この高価な買物を余儀なくさせられた。宝石屋の
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