七度目にそこで酔っぱらった機会に、「星の花」は私を物蔭へ招いてこう云った。
『明日、お休みなの。遊びに連れてって下さらない?――』
『僕がですか? しめしめ!』
『え、あんた一人。夕方の六時に、表停車場でお待ちしているわ。その代り、その時、指輪を一つ買って来て下さらなくては厭。』
『それだけ、埋め合わせがあると云う寸法ですね、値段に応じて。』
『だけど、高くないので結構。』彼女は指輪の形や石について好みを述べた。
『僕、約束します。』
『約束のしるし!……』
 ロマンティストに栄えあれ! 私は、この果報に感激した。そして、三鞭酒《シャンペン》を矢鱈に抜かせた。
 私の有頂天になりようが、あまり激しかったせいか、H――は少からず機嫌を害ねたらしかった。戻り途で、私が唄を歌いはじめると、H――氏は苦々しい顔をして、『どんなに楽しいことがあったにせよ、あまり泥酔して時花唄《はやりうた》などを歌って歩くのは、我々に全く似合わしくないこととは考えませんか?――』とたしなめた。
 それで私は、折角打ち明けて聞いて貰おうと思っていたところだったが、「星の花」について何も云い出せずにしまった。
 翌日
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