、香水の匂いをさせたりしないことや、また道を歩きながら余り明けっぴろげに娘たちばかりを眺めたりしてはならないことを教えてくれた。
『爪垢を少しためて。――だが、汚穢《むさくる》しくなってはいけない。隔日位に、お湯に入って皮膚を清潔な健康色に磨くのがよろしいでしょう。』そんな注意もした。
 私は段々ロマンティストの様子に慣れて来た。適度の無精髭を蓄えて、ゆったりとした厚地の服に、洗濯の行き届いた縞シャツを着て、始終ネクタイをゆるく横っちょに滑《ず》らかし加減にして、百姓持ちの様な大きな煙管を銜えることにした。そして、外出の時には、ステッキの代りに、どんなお天気の日でも木綿の雨傘を携帯する位の技巧を会得した。勿論、もう不良少年たちから付けねらわれる憂はなくなった。
 さて、私はH――氏に誘われて、時々バンフィリヤ酒場《バア》へ行った。其処には、「星の花」とH――氏が讃えた美しい女給がいたが、彼女は次第にH――氏よりも新しい私の方に心を惹かれるらしい素振りを見せた。勿論、H――氏のロマンティスト的厚意から、私自身の真価に分をつけるために、私がその都度勘定を支払ったせいもあったのであろう。私が
前へ 次へ
全11ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
渡辺 温 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング