快く彼にそれを与えた上、さらに、恰度持ち合せていた阿母《おふくろ》の片見の金側時計、古風な厚ぼったい唐草の浮彫のしてある両蓋の金側時計を副えて贈りました。彼は僕にそのしゃれたピエロの服をくれました――それから間もなく僕たちは郁少年と別れて霞飛路《アヒロー》の宿へ帰って行ったのでした。
で、到頭その日、即ち電話の予告のあった翌日一日は、何事もなく、少くとも僕の一身には何事も起らずに過ぎてしまったわけでした――が、可哀相なことにも、郁少年の身の上には実に容易ならぬ事件が突発していたのです。僕はそれを、その翌々日、酒山碼頭《ヤンジットー》を日本へ向って解纜しかけた船の中で知りました。波止場で買った新聞に偶《ふ》と、次の様な意味の短い三面記事を見出したのです。
再び黄浦江の惨殺死体
(去る××日胡某の惨殺され居りたるウインソア橋に近き黄浦江河岸に復た/\昨朝午前六時頃年若き男の惨殺死体漂着せるを発見せり。胡同様、無慙にも顔面の皮膚を剥ぎそられ何処の者とも判明せざれど年齢二十三四歳位にて、サムライの仮装着を着けたるところより多分前夜何処かの仮装舞踏会に出席したる日本人にあらざるかと推測さる
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