の気の迷いでも、夢でももちろん幽霊でもなかったと判ると、返って益々それが僕にはわけの解らないものになってくるのでした。で、その日一日僕はぼんやりと考えつづけていました。その、あんまり打ち沈んでいる僕の様子を見かねたのでしょう、マドレエヌは僕にむかって、今宵ニューカルトンの仮装舞踏会に行こうと云い出しました。このすてきな思いつきには、喜んで僕は賛成をしました。何故ならば、そうする事によって幾分なりと気を紛らせ得ると考えたのは勿論のことでしたが、明後日《あさって》になれば愈々この不思議な都上海にも、亦、それは可成り僕の心を悲しくさせたことなのだが、マドレエヌ――六ヶ月の間僕の親切な女房であったフランス女にも、お別れをしなければならなかったので、ともにせめてもの名残りを惜しみたかったからでした。それにニューカルトンの踊場の豪勢さは噂でこそ兼々聞いてもいたが、ついぞ未だ一度も行ってみたことがなかったので日本への土産話に見ておきたいとも思ったのでした。女は何であったかよく覚えていませんが、僕はたしかサムライの服装をして行きました。で、さっきも申し上げた通りスペエドのジャックの電話のことはまるで頭
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