那人が宿《うち》から程遠からぬ所を流れている黄浦江《おうほこう》の河岸に惨殺されていた、と云う話を聞かされたのです。ところがその殺された支那人と云うのが、年恰好や人相や服装がどうも胡らしいのではありませんか。僕は愈々すっかりおびやかされてしまいました。若しその場に探偵でも居合せたなら必ずや僕のそぶりに容易ならぬ疑をかけたに相違ありません。僕にはとても、その死骸をわざわざ見届けに行く程の勇気はありませんでした。(併しそれは正しく胡に違いなかったのです。その日の夕刊に詳細にしるされてありました)胡は僕の室の窓ぎわで室内の僕にむかってまさに何かを告げようとしていた時だしぬけに背後から加害者――多分大ぜいの、加害者のために引きずり倒されて拉致し去られたものと見えます。その証拠には僕はその窓下で、雨に濡れた庭草や植木などが泥だらけの足痕で散々に踏みみだされているのを発見しました……併し、それならば胡は何者のために殺されたのだろう……そしてまた何の目的をもっておそろしい雨の夜僕の部屋外まで出かけて来たのであろう……何を彼は僕に語ろうとしたのであろう――昨夜《ゆうべ》の青ざめたすごい支那人の顔が、僕
前へ
次へ
全35ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
渡辺 温 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング