気持になってしまいました。するとこの時、けたたましく卓上電話のベルが鳴りひびいたのです。出てみると、聞き覚えのない男の声が遠くで、併しはっきりと聞こえていました。「……清水君。清水君! 君は明日スペエドのジャックをひきますよ」とね。僕は腹が立ったので、「誰だ! 縁起でもねえ!」と怒鳴りつけてやったのですが電話はその儘切れてしまいました……かさねがさねの薄気味の悪い出来事に、僕は一層気を滅入らしてしまったのですが、併し勿論そんな電話なぞは誰かの悪洒落、と思えば思えないこともなかったし、それよりか先刻の胡の顔の方が遙かにまして僕の心をひきつかんでいたので、ついそれっきり忘れてしまいました――そしてその電話の事はそれから七年の間、ついぞ一度も思い出した事がありませんでした――で、その夜は、折角の楽しい瞑想を目茶々々に打ち壊されてしまったのがひどく腹立たしかったので、またその底気味の悪い怪しい出来事に何時までも思い悩まされているのはとても堪らなかったので、有合したコニャク酒をしたたかに呷るとその儘、寝込んでしまいました。
するとその翌朝になって帳場のそばの溜まりで、ガルソンから、けさ一人の支
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