お帰りですか? まだ早いですのに……
 本を暗誦して居ると色々役に立つのであります。
 余等が其の頃相|談《かた》るのは、氷雪の様に白い肌膚が処女の様にナメラカな仙人の棲んでいる藐姑射山《はくこやさん》の風物とか、夜になると壺の中へ飛び込んでしまう老仙人の習性とか、歩き方を忘れて這って帰った男の話とか、魯の酒より楚の酒の方が美味い事とか、お天陽《てんと》様を睨んでも眩しがらなかった玉戎の話とか、盗※[#「さんずい+石」、324−13]が孔子を怒鳴る件とか、野蛮人が斧を川に落した話とか、辟陽がうらやましい話とか、つまりマルクス・ボーイのラッパズボンやエンゲルス・ガールの赤旗事件《メンストロレーション》などとは全く関係の無い事であった、のであります。
 で、芥川龍之介の澄江堂とか、室生犀星の魚眠洞とかに対抗(?)して、余も何かスバラしいのを考えたのですが、どうも気の利いたのは全部昔の奴が使ってしまった後なので、今更もう発見し得ないのか、と散々考えて居た所、東京は京橋、中橋広小路、千疋屋の隣の自動車屋の向いにある骨董屋の屋号が何と「壺中居」というのであったのであります。前に書いた壺の仙人だ…
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