? どうしたって云うこと? あなた知らなかったの?』
『そ、そんな馬鹿な!』あらためて、正しく左の靴を穿き終った文太郎君は、些か面喰った様子ではげしく首をふりました。『とんでもない、何もかも、みんな四月馬鹿だ!』
『だって、山崎さんたら、今日、文ちゃんと南京鼠の競進会を見に行く筈だったって、そう云ってるの……』
『な、な、何が、南京鼠だい! もう沢山だ。四月馬鹿、四月馬鹿!』文太郎君は、ステッキを引つかむと、身をひるがえすように外へ飛び出して行きました。
『待ってよ。文ちゃん! 文ちゃん! お待ちなさいってば!……』エミ子は周章てて、受話器をかけて、門口迄追いかけたのですが、文太郎君は一散走りに通りへ曲って行ってしまいました。
富士山が見える媾曳
エミ子は不安な予感にかられました。そう云えば、今日から新しく春外套に着かえたし――四月になって冬外套も着ていられまいと云えばそれ迄だけれども、併し何時だって、抱えて出る筈の折鞄《フォリオ》も、今日に限って置いて行ったし、こんなに早過ぎることを承知で周章てくさって飛んで行ったのは――エンミイが四月馬鹿にしようと思って時計をすすませて置い
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